自らの左手首には白い包帯。
                そして、白いシーツに白い身体。
    
            その愛しい身体には、自分が残した紅い花が散る。
   
             血でない赤。
    
            眩暈がしそうだ。
   
             いや、これは、この感情は、きっと・・・


     
           [ 告白 ]


                薄暗い部屋の中、薄紅色に透ける色素の薄い髪色。
                長く、細く、真っ直ぐな髪、それは伊達の気に入っている部分の一つでもある。
                自分の傷だらけの体の上を、真っ直ぐなくせに柔らかく舞う。
                その毛先を少し掴んで手中で弄んだ。
                口の端には煙草。
                情事の後の気だるい時間。
                胸に頬を寄せる小さくも美しい顔が伊達を見上げている。
                頬はまだ色づいているように見える。
                『綺麗だ』と、伊達はいつも思うが、あまり口に出せないでいる。
                はァ・・・と、花弁のような唇から、これも色づいているような吐息。
                手に持っていた毛束を離し、細い肩を抱いた。
                暖かかった。
                外は、雪。
                なんの音もしない。
                雪が音を吸収する、という話は本当だったか、と関係ないことを思った。
                寒い日は、嫌いだ。
                伊達は暖かい身体を、強く引き寄せた。
                「総長?」
                飛燕がくすぐったそうな声をあげた。
                部屋の中はそう温かい、とはいえない。
                寒いのは嫌いだ。
                気を紛らわせたい、と思っていたら、飛燕が甘えるように言葉を発した。
                「・・・黙っていらっしゃると、寝てしまったと思ってしまいます。何かお話になって下さいませ。
                それとも、わたくしが話しましょうか?」
                艶を帯びた唇が動く。
                伊達には聞かずともわかる。
                飛燕は不安なのだ。
                腕の中で悶え、歓び、達する。
                何度も、何度も。
                時に意識を手放すことさえある。
                自分だけが、満足感を得ているのではないか、と不安になっているのだ。
                意外に伊達は淡泊だ。
                自分の気が済めば、組み敷いた身体など放り出して、後は自分の好きにする。
                こんな風に、事後に胸に抱いたり、髪を弄んだりなどしない。
                特別に大切にしているつもりだが、飛燕にはそれがわかろうはずもないだろう。

                何を罷り間違って、部下であり、男である飛燕を選んだのか?
                伊達自身もよくわからない。
                わかっているのは、その類希なる美しさ、だけだ。
                しかし、美しい者など五万と見てきた。
                何故、飛燕なのか?
                日常を消すために、伊達は煙草を銜えたまま声をかけた。
                「馬鹿野郎。名で呼べ。」
                一瞬の沈黙は恥じらいを表わす。
                最近になってそれがわかった。
                忠誠心でなく、「恥じらい」なのだ。
                それがまた可愛らしく、愛しく思える。
                「・・・臣人、何か話して下さい。」
                恥ずかしがって、抱いた身体が少し動いた。
                身に掛けた夜具がずれ、冷たい空気が入りこんだ。
                寒いのは、嫌いだ。
                伊達は再びそう思いながら、話を始めた。

                「昔々、あるところに・・・」
                ふふ・・・と鈴を転がすような笑い声。
                「なんですか、それ?」
                「黙って聞いてろ。話せって言ったのはお前だろう?」
                「えぇ、その通りです。それは面白いお話ですか?」
                「御代は聞いてのお帰りだ。」
                坐山戯ているには口調は真面目で、飛燕は頬をさらに寄せ、話を促した。
                「昔々のお話、なんですね?」
                「そうだ。昔々、のな。」
                伊達は短くなった煙草を消し、灰皿の隣に置いてあった一升瓶で口を潤した。
                無意識に左手首に巻いた包帯を撫でながら、話しを続ける。

                昔々、あるところに戦争をやっている国があった。
                強い戦士が欲しかったんだろう。
                寒い地方に、その養成所を作った。
                穴だ。
    
            深く、大きな穴。
    
            それが養成所だ。
   
             戦争をやっているから孤児がたくさんいる。
     
           その孤児や、孤児でなくても適当に子供を連れて来て、穴の中に100人、落すんだ。
   
             皆、最初は泣き喚く。
  
              でも、泣き喚いても誰も助けに来ないこと、くらいすぐわかるべきだ。
     
           泣けば体力を消耗するのにな。
    
            まず、一週間ほど、飲まず食わずにさせられる。
    
            ここで弱いヤツは死ぬ。
    
            そして、第一回目の掃除だ。
    
            大人が何人か梯子で降りてくる。
     
           泣きつこうとしたり、攻撃を仕掛けようとする子供は殴られるだけだ。
     
           皆マスクをしていて、顔はよくわからない。
 
               穴を出てからの復讐などを回避するためだろうな。
    
            死んでいる子供を確認すると、死体を山にする。
    
            で、何かをかけて燃やす。
     
           骨になるまで。いや、骨も残らないほどに燃やすんだ。
     
           何故か、と言うとな、腐臭、と、それを食料にするヤツを防ぐためだ。
                面倒だが、それを怠ると、伝染病も起こるし、勝負もつきにくい。
                せっかく100人集めたのに、また1からやり直しってのは面倒臭いからな。
                第一回目の掃除が終わると、食事が始まる。
                残った人数の半分の食糧が投げ与えられる。
                ・・・奪い合いだ。
                「皆で分け合えば」なんて冷静な思考は吹っ飛んでる。
                目の前で同じように連れてこられた者が死んでいく様も見ている、それが燃やされるのも見ている。
                何より子供だ。とても普通ではいられない。
                そのうえ空腹だ。なりふり構わない。
                殴り合うのは当然、後ろから近づいたり、弱いと思われる者を集団で襲ったり。
                まぁ、地獄絵図だな。
                餌にありつけた者も、そうでない者も、痩せ衰えていく。
                寒い地方の話だが、夜、寒くて眠れないわけじゃない。
                夜討ちをかけてくる奴がいる。
                座ったまま、警戒しながら寝ないといけないから、餌にありつけても消耗していくんだ。
                横になって寝ているのは、弱っているか、死んでいるか、おかしいか、のどれかだ。
                掃除がくるまで、そいつらも餌になる。
                死んでいるのは当然、弱っている奴も、飢えたヤツに食いつかれる。
                同じ年頃の同じように連れてこられた者に、生きたまま食われるんだ。
                朝、寝ていた奴が骨になっていることなんてざらにある。
                掃除の必要がなくなって、大人は笑っていた。
                仕事の量が減った、ってな。
                死肉や生肉を食った奴等は、おかしくなってきてる。
                もう人間じゃないな。
                子供は残酷だ、と言うが、それに狂気をトッピングするんだ。
                突然、笑いだす奴が多かった。
                何を見て、笑っていたんだろうな。
                常人には見えない何かが見えるようになっちまってたんだろうな。
                親兄弟か、それとも食っちまった相手だかわからんが。
                そして、腐った魚みたいな目になる。
                どろん、としているが、その中にも狂気が宿る。
                長い期間、その状態だ。
                髪はボサボサ、目は爛々とし、まるで獣だな。
                いや・・・獣以下、だ。

                そこで伊達は乾いた笑いを漏らした。
                飛燕はゴクリ、と咽喉を鳴らして恐怖を表わし、伊達に身を寄せた。
                少し、震えているようだ。

                勿論、おかしくならない奴もいる。
                決して人間を口にしない。
                餌は与えられた物だけを戦って勝ち取る。
                そんな奴も少なかったがいるにはいた。
                そういう連中は、生肉ではない物に興味を示した。
                骨、だ。
                武器になる。
                時間は腐るほどある。
                穴に落ちているのは小石、くらいだ。
                大人は狡い。
                大きな石があれば、それを武器にするヤツが出てくるだろうと計算ずくだ。
                だから、小石を拾って骨を削ぎ、ナイフを作る。
                でもな、それは間違いだ。
                小石は飛び道具になる。
                穴の中だから、数は限られている。
                できるだけ拾って、身につけておいた方がいい。
                削るのは穴の壁面で出来るからな。
                そうして、おかしくない奴は武器で応戦するんだ。
                結局、勝つのは冷静な者ってワケだ。
                おかしい奴等は、力づくでしかモノを考えられなくなっている。
                そうして、残り10人くらいになると、また掃除が始まるんだ。
                最後は格好良いぜ。
                まるでローマ時代のコロシアムみたいになってくる。
                不文律だが、夜間は襲わない。
                腐臭は酷いが、死んだ者、弱い者は朽ちるに任せる。
                両手に自作の武器を、骨で作った武器を持ってな、戦うんだ。
                勝ったら、本当に勝鬨を上げ、吼える。
                生命の叫びだ。
                生命を求めている眼をして、
                同時に、全てが終わることを待ってもいる眼だ。
                そして、与えられた餌を食う。
                その頃になると、大人もずっと見ている。
                賭けてるんだ。
                最後の1人になるまで、それは続く。
                最後の1人は、戦士になる。
                大人は油断しない。
                1人になっても弱るまで待つんだ。
                最後の1人になると、穴が大きく広く感じられる。
                だが、あまりの緊張でそいつは五感が相当に鋭くなっている。
                まぁ、そうじゃないと最後まで勝ち残れないからな。
                大人が遠くで話していても聞こえるんだ。
                10m先、20m先であろうとな。
                頭の中に、いくつもスピーカーがあるみたいに聞こえる。
                四方八方からの声が同時に入ってくるんだ。
                「賭けに勝ったから払え」
                「もう少し弱るまで待つぞ」
                「麻酔弾を打つ。武器を取り上げるのを忘れるな」
                「すぐに番号を入れるぞ。準備をしておけ」
                そう、もう生肉を食らうヤツなどいないから、朽ちた者は朽ちたまま、そこにある。
                当然、腐る。
                いくら寒いとはいえ、凍ったりはしないからな。
                日本で言う六道絵だ。
                朽ちていく様を、赤鬼、とか青鬼、とか言うらしい。
                お前の方が詳しいか、寺育ち、だしな。
                最後に残った1人は、武器を取り上げられ、弱らせられ、立てなくなってやっと穴から出される。
                一番最初にやるのは、刺青だ。
                バーコードを刺青にして消えないようにすると、身体を裂かれICチップを入れられる。
                麻酔なしで、だ。
                そこでくたばる奴もいるらしい。
                せっかく最後まで残ったのに、な。

                飛燕の身体の震えは止まらない。
                伊達は赤子をあやすように大きな手で肩をさすった。

                これで最強の戦士の完成だ。
                おっと、その前に洗脳だ。
                自軍、上官、命令に盾つかないように、洗脳されるんだ。
                その後、英才教育をほどこし、バーサーカーとして戦場に送り出される。

                戦争が激化した年は、たくさんの穴が掘られた。
                そして、たくさん戦士を作り過ぎちまったことがあった。
                この時は・・・穴から出された100人の内の1人が30人も出来上がった。
                あまり多く残しては、穴のことが知れる。
                もし、100分の1共が徒党を組んで反乱しても、脅威になる。
                恐れた大人は、見世物にすることにしたんだ。
                1回につき5人くらいが普通の量なんだと、それが30人。
                穴を出してからの教育体制も整っていないのに、危険な30人を残してはいけない、
                という考えもあったようだ。
                おかしそうな奴の内、2人くらいは研究対象として連れて行かれた。
                きっとマッド・サイエンティストにアタマの中身を見られたんだろうな。
                それ以上の人数だと、流石に扱いきれない。
                輸送、病院からの脱走、諸々を考えると、2人が限界だろうな。
                何せ食人鬼、だ。
                残った28人は「また穴の中に入れられるのか」と、皆思っていたが、
                頭の中にスピーカーを持ってる奴はいち早く気付いていた。
                大人の声が聞こえたんだろう。
                「見世物にすると、儲かる」ってな。
                7人に減った時、広い闘技場でバトルロイヤルになった。
                2で割れないから、という単純な理由だ。
                広い闘技場で、自分以外の6人は敵。
                時間がかかって仕方ねぇや。
                馬鹿馬鹿しい見世物だ。
                観客がいるとはいえ、試合じゃねえ。
                殺し合い、だ。
                穴の中でも、穴の外でも、殺し合い、殺し合い、殺し合い。
                やっぱりおかしくなっていく奴はいた。
                そういう奴は自滅だ。
                周りが見えなくなってくるからな。
                そして、最後は1人だけになる。
                武器も何も持たない状態で戦わせられ、身体中血塗れになって。
                1人だけになる。
                大人は1人にするつもりはなかったみたいだがな、1回5人は作っているんだ。
                3人は脱落でも、3人は半殺し、或いは大怪我程度でよかったんだ、
                で、残りの1人が最強。
                その年も4・5人作るはずが、結局1人になった。
                残った1人は急所を狙っていったからな。
                首を絞める、これが一番汚れない片づけ方だ。
                でも、そうもいかない。
                顔、顎、腹、を、殴りつけ、地に倒し、蹴って蹴って・・・
                鼻が折れ、目は飛び出し、耳はちぎれ、顎は折れる。
                耳に残る音だ・・・
                殴れば返り血を浴びて、全身が血に染まる。
                殴ったら殴り返されるし、顔を狙われれば出血量も多い。
                目の中まで血が入り、視界全部が、世界全部が赤く見える。
                そして・・・最後は1人になる。
                その国の最強の戦士になるために。
                最強の戦士は人ではない。
                もう、鬼、だな。
                ・・・昔々のお話だ。


                伊達は口の端を歪め、乾いた笑いを残すと話を止め、
                また、左手首に巻いた包帯を撫でた。
                一升瓶に手を伸ばし口を潤すと、煙草に火をつける。
                身体を震わす飛燕の肩を抱き、天井の木目を霞ませる紫煙を見ていた。

                「うっ・・・う・・・」
                「 ? 」
                伊達が震える飛燕を見ると目に涙を溜めている。
                「おい、昔話で泣くか、普通。」
                「ウソっ・・・うそ・・・ですッ!」
                「・・・何が嘘、なんだ?」
                「貴方の、臣人の話・で・すッ!」
                嗚咽をもらしながら、飛燕は言葉を絞り出している。
                伊達は頭を掻きながら、煙草を消した。
                「こんな昔話に嘘も、何もないだろう?」
                「私がッ!・・・何も知らない、なんて、思わないで下さいッ!」
                飛燕は上半身を起こし、伊達を見おろした。
                長い睫毛についた雫はそのままに、強い眼差しで伊達を射竦めた。
                手の甲で拭った涙は、伊達の頬へ飛ぶ。
                それでも涙を零すのを耐えている。
                「臣人・・・貴方、一体どんな顔して話をしていたとおもって、いるんですか!?」
                伊達も身体を起こすと、飛燕の半泣き顔を不思議そうに見た。
                「遠くを見る目で、懐かしそうに・・・そして、貴方の言う『生命を求めている眼をして、
                同時に全てが終わることを待ってもいる眼』そんな目でっ、話をしていたんですよ?」
                「・・・そうか?」
                伊達は取り乱した飛燕を片眉を上げて見た。
                飛燕の瞳は、こぼれそうな涙を、まだ必死にこらえている。
                「・・・貴方のこと、なんでしょう?それは・・・孤戮闘です。」
                しばらくの沈黙。
                「そうだな。孤戮闘だ。」
                「貴方の、こと、なんですね?」
                飛燕の手は伊達の左手首、包帯の巻いてある部分を握った。
                ・・・言い逃れはできそうにない。
                伊達は真っ直ぐ見詰めてくる大きな飛燕の目から逃れるように、顔を背ける。
                「まぁ、ちっと脚色したが・・・俺の話、だな。」
                それ以上、何も言えない、言うことがない。
                腹が減っていたこと、寒かったこと、それ以上は思い出したくもないことなのに、
                なんで部下などに、情事の後などに、話してしまったか。
                何か話せ、と言われ、よりによってこんな話をしてしまった自分を恨んだ。
                頭を掻いて、煙草を銜えようとした。
                静かになったな、と思って飛燕の顔を見た。
                ガラス玉のように光る大きな瞳から涙が一筋こぼれ落ち、人形のような頬を伝った。
                「何故、お前が泣く・・・?」
                うって変わって大人しくなった飛燕は、何も言わずに伊達の頬の傷に両手を添えた。
                首を振って、声を出さずに唇だけを動かす。
                『何も、言わないで・・・』



                  



 

                ぽろぽろと、涙が溢れている。
             そんな飛燕を伊達はどうしてやることもできない。

             涙に濡れる顔から今度は逆に目を逸らせなかった。
                それを見て、我ながら不器用な告白をしたものだ、と後悔した。
                頬から離された飛燕の手は、伊達の大きな背に回り、ぎゅ、と抱き締める。

             細い腕に抱かれ、肩口は涙に濡れ、長い髪が2人を繋ぐ。

                自らの左手首の白い包帯を、飛燕が撫でている。
                白いシーツに白い身体。
                その愛しい身体には、自分が残した紅い花が散る。
                血でない赤。
                眩暈がしそうだ。
                いや、これは、この感情は、きっと・・・

                そうか・・・俺は、泣きたかったんだ。

                伊達はそれに気づくが、泣き方なんてわからないし、知りもしない。
                自分の代わりに飛燕が泣いてくれるのか・・・
                眩暈の起こるままに、飛燕の身体を抱き返した。

                外は雪。
                抱きあう身体は、暖かい。
                伊達の左手首は、今まで生きてきた中で、一番暖まった気がした。
                外は雪。
                赤く染まった世界を塗り替えてくれるかもしれない。






                


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