天挑五輪後の、とある日の放課後。
                     伊達は煙草を吹かしながら、寮への道をぶらぶらと歩いていた。

                     すると、塀と塀との隙間の狭い路地から、白いはちまきがたなびくのが見えた。
                     見慣れたはちまき。
                     覗いてみると…やっぱりだ。
                     「こんなとこで何してやがる。」
                     伊達は狭い路地に身を潜めている桃に、声をかけた。
                     「…伊達か。見つかっちまうから、お前もこっちに来てくれ。」
                     桃は何やら焦った様子で伊達の袖を引き、路地に引き込んだ。

                    「だから、何をやってんだ。」
                     意味の分からない伊達は、煙草を足元に放ると、再度尋ねる。
                     「もうすぐ、いらっしゃるんだよ。」
                     「だから、何がだよ。」
                     「あ、いらっしゃった!」
                     桃はさらに身を屈めると、声を潜めた。
                     「赤石先輩が、毎日ここをお通りになって帰るんだ。」
                     で……?
                     伊達にはさっぱり分からない。
                     これは近頃流行りの、ストーキングというやつであろうか。

                     赤石はいつもの袖無し学ランにブーツ、大きな刀を背負った余りにも特徴的な姿で、周囲の目も気にせず大股で闊歩し、こちらへと近づいて来る。

                     桃は小さな声で、囁いた。
                     「伊達…お前覚えてるか?あの天挑五輪の宋江戦を…。」
                     「そりゃあ、な。」
                     忘れようにも忘れられない。あの大刀を自らの腹に突き刺し、まさに命をかけた赤石の死闘。

                     しかし桃は、
                     「あの戦いで、赤石先輩が水にお入りになっただろう?俺は、あの姿が忘れられないんだ。」
                     うっとりと天を仰いで語り出す。
                     はぁ……?
                     意味をさっぱり解さない伊達を置いて、桃は続ける。
                     「あの美しい銀髪に光る水の玉…濡れた四肢…まさに水も滴るいい男とは、文字通りあの先輩の姿だと思うんだ。」
                     「……。」
                     伊達はもはや、返事をする気にもなれない。

                     しかし桃は自分の世界に入ったまま、さらに続ける。
                     「俺はあのお姿がもう一度見たくて見たくて…新しい技を開発したんだ。その名も秘技…!」
                     桃がその技の名を叫んだ時だった。
                     ちょうど目の前を赤石が通り過ぎ…と、同時にその頭上に雨雲が立ちこめた。

                    ザーザー

                    他は晴れている。
                     しかし、赤石の頭上にだけは豪雨が降り注ぐ。

                     赤石は無言、無表情のまま、空を見上げている。

                     「赤石先輩ー!」
                     そこで飛び出した桃は、どこから取り出したのかバスタオルを手に、全力で赤石に駆け寄る。
                     「ずぶ濡れじゃないですか!俺が、拭いて差し上げます!全身、全て!」
                     いつの間にか雨雲は去り、濡れているのは赤石一人。

                     はぁ……。
                     伊達はため息をついて、桃にべたべたと全身を触られている赤石に憐れみの一瞥を向けると、その場を立ち去る。
                     もはや、何もしてやれる事はない。
                     気の毒ではあるが、見なかった事にしよう…と。

                    後には、頭の先から股の間、足の先まで桃に執拗に触られる濡れた赤石が残される。
                     「先輩ー!こんなに冷えて…俺が暖めてあげますよ!」

                    伊達の耳には、そんな桃の声が聞こえていた。