どこでもいい。
        国外へと飛ぶ、飛行機のチケットさえ買えば搭乗口を越えることができる。
        心配なのは、足元の槍。
        隠すところは他にもある。そこに捻じ込んだ。
        とにかく、今は飛燕を止めることが先決だ。
        無理を言ってチケットを買い、搭乗口へ急ぐ。
        伊達の気持ちは急くが、離陸さえしていなければ、どうとでもする自信はあった。
        同じ飛行機のチケットを買ったのだから。
        後ろから、グランドホステスが払い戻しのことを言っている声が聞こえるが、
        そんなことはどうでもよかった。
        係員が先導して、離陸寸前の飛行機まで案内をしてくれる。
        すでに定刻を遅れている。

        機内ではアナウンスが聞こえていた。
        「現在、御客様の到着待ちです。ご迷惑をおかけしております。」
        飛燕はイヤホンをつけ、雑誌を読みながら音楽を聞いていた。
        『迷惑な人もいるものだ』と思いつつ。

        やはり、検査でひっかかった。
        両手と腰のプロテクターだろう。
        自分の分身、ともいえる槍は腰のプロテクターに収めている。
        両手のプロテクターははずし、ボディチェックを受けるが、何もでるはずはない。
        腰のプロテクターは医療用だ、と逆に脅しをかける。
        警備員は渋々と伊達から離れた。
        組の頂点に立つ伊達が、どこに何をしに行くか、事前に話がない、と言うのが問題なのだろう。
        大抵は、他の国でマフィア達と話し合いをしたり、純粋に休暇であったり、
        と相手方にも予想がついているし、話も裏から通してある。
        だからと言って、法律の埒外にあるものの持ち出しが可能である、というわけではないのだが。
        日本を取り仕切るかのような大物の極道が一人で供も連れずに、突然海外へ渡ろう、
        とするのが不自然に思えるのだろう。
        ボディチェックが終わると、いつものように別室へと連れて行かれる。
        先導していた係員は、首を振った。
        伊達は、天を仰いだ。
        自分の立場のために、間に会うところが間に合わなかったのである。



        空港へ降り立つと、今着ているスーツでは暑さを感じるくらいだ。
        そう多くない荷物を持ち、飛燕はその日の宿を探すことにした。
        望み通りの青い空、白い雲、しばらくはここで疲れた身体と心を癒すことにしよう。
        できるなら、海沿いのホテルがいい。
        夕焼けの浜辺を裸足で散歩し、暮れゆく海を見ていよう。
        朝の水が冷たいうちに泳ぐのも悪くない。
        スパに行ったり、ショッピングをしたり。
        ・・・気が向けば、もう少し髪を伸ばしてもいい。
        伸びた頃には、きっと忘れてしまう、忘れないといけない・・・あの人。
        乾いた涙が滲みそうになって、照りつける太陽の方へと顔を向けた。
        「ほら、行くぜ。」
        とうとう幻覚まで見えるようになったようだ。
        学生時代そのままに、デニム、黒いタンクトップ、足元はビーチサンダル。
        左手首には包帯を巻いて・・・皆で海へ行った時のあの人の格好。
        どうせ幻覚なら、それが消えるまで見ていよう。
        滲んだ涙でかすれてしまうまで。
        「馬鹿者・・・どうせお前のことだ。幻覚かなにか、だと思っているんだろう?」
        幻覚が実体化して、飛燕の髪をくしゃくしゃと撫でた。
        「・・・総長?」
        「おう。俺以外にこんないい男が二人といるかよ。」
        「なんで?」
        「なんでもクソもあるか。お前が俺との写真を撮らせたせいで、しばらく日本に居られやしねぇ。」
        嘘。
        伊達の顔を見ると、すぐにわかる。
        「どうやって?」
        「どうやってって?お前の考えていることくらい、俺には全てお見通し、なんだよ。」
        嘘。
        それも、わかる。
        ありとあらゆる手段を講じて、ここまで飛燕を追って来たのだろう。
        「泣いてんのか?」
        泣いていない、泣いてなんかいない。
        目から水が出てくるだけ。
        「もう泣かなくていい。俺が・・・一緒に居てやる。」
        鞄が落ちる。
        落とした、という意識はない。
        手を伸ばして幻覚を捕らえる。

        ・・・実体が、あった。
        彼の匂いがする。
        飛燕を包み込む大きな身体。

        「おい、せっかくのバカンスだ。泣いたりすんなよ。」

        涙はとまらない。
        抱きついた飛燕の耳元に、昨日聞いたばかりなのに、何故か懐かしい声が響く。

        「海沿いのコテージだ。お前も気に入ると思うぜ。朝の涼しいうちに泳いで、
        ジャグジーに二人で入る。そんでお前はスパに行って、俺は釣りに行く。
        で、美味いもの食って、いい酒飲むんだ・・・気に入らんか?泣くほど嫌か?」

        飛燕は泣くばかり。

        「何もいらない・・・何も、いらないッ・・・」

        「・・・そうか、気にいらんか。」

        溜息をついた伊達は、飛燕を抱いたまま、困ったように宙を見上げた。

        「俺は・・・どうしたらお前の気に入るようにできる?」

        腕の中の飛燕は身をびくり、とさせ躊躇した。
        が、力を抜くと、悩んだ挙句、涙混じりの声を絞り出した。

        「貴方、だけ、いれば・・・他に、何もいらない・・・」

        飛燕を抱く腕の力が強くなった。
        抱き返す細い腕にも力が入る。

        季節外れのバカンスが始まる。









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